誰もが通り、必ず巣立っていくこの場所。
十年近くも経過するとこの『学び舎』と称されるものの雰囲気や空気、喧騒と言う類のものが出身校でなくても懐かしく感じるのだな、と思う。
彼は、学び舎に不釣合いな少しよれたスーツを身にまとった男性だった。
肩からは重量感を感じさせる大きな荷物と、それなりに見える一眼レフのデジタルカメラが下がっている。
皆が同じ制服を身に纏うこの建物の中ではかなり異質な存在。
教師たちも同じくスーツを着用しているものもいるのだが、やはり毎日生活をともにしている生徒たちとの一体感が感じられるせいもあってか、やはり彼と雰囲気が異なるのだ。
彼は、先ほど許可をもらい、今日一日使わせてもらうことになった理科準備室へと入ると、早々に重い荷物を床へと下ろしたのだった。
彼の名は、乾 智志。二十九。
それなりな大学を卒業してから一般企業に勤めたものの、一念発起で出版社へと転進した記者の端くれだった。
仕事柄、学校への取材が多いので最初は気恥ずかしさがあったが、最近少しずつなれつつある。
今日は高等学校の取材なのでまだましだが、先日訪れた小学校は子供たちの容赦ない興味の視線に蜂の巣にされもしたのだった。
彼の仕事は、若きスポーツアスリートの発掘だ。
小学生やさらにその前から台頭する金の卵たちの記録を残していくこと。
もちろん大器晩成で大人になってから急成長する選手もいる。
残念ながら今の日本の報道では、オリンピックや世界選手権でメダル候補になるほどの実力にでもならない限り、注目はされない。
だが、金メダルが取れずとも名監督、名コーチになる選手もいる。
今、乾が取材しているやインタビューの内容や写真が使われるのは何年も先かもしれないし、一生使われない可能性もある。
しかし情報の蓄積はあるに越したことがないのだ。
一度使われることになれば何度も何度も使われる子供時代の貴重な写真や映像。
そんなわけで全国各地に存在する天才少年、天才少女を飛び回って追いかけるのが乾の仕事だった。
本来、乾が主に手がけているのは野球選手だ。
今日は取材が都内と言うこともあって、思い切り仕事をバッティングさせた先輩、河野のピンチヒッターをしている。
乾が中途入社してからお世話になり続けている五つ年上の河野は、さまざまな競技で選手の才能を察知する力はすごいのだが、いかんせん管理能力が若干低く、時折こうして取材をバッティングさせるのだった。
今日の取材は、空手部。
何とか一夜漬けで空手の知識を詰め込み今日に臨んだわけだが、あまり詳しくなった、とは言いがたい。
しかし、仕事だ。
日本と縁の深い競技であり、オリンピック種目に加わったこともあり、注目されていく競技でもある。
全国の高校生、大学生の注目選手の中から誰かがメダルを取ったりでもすれば、この取材も報われるだろう。
男子はすでに世界大会で活躍し、金メダルが確実とまで言われている京極真がいるが、女子もなかなかのレベルだという。
全国大会に出場した選手は誰が代表になり、誰がメダル争いに上がるかわからないほどだそうだ。(河野談)
そんな中、昨年関東大会を優勝し、全国大会に勝ち上がり注目されるようになった女子選手がいる。
もちろん、今年も順調に、関東大会を勝ち抜き、全国に駒を進めた。
帝丹高校。
都内、米花町にその籍を置いているそれなりに有名な高校だ。
出身者には東都大学へ進学したものも結構いる進学校であるのに、スポーツでもいくつかの部が都大会、関東大会を制覇することがある強豪でもある。
今日の取材の相手は、この帝丹高校空手部、女子主将。
毛利蘭選手だった。
「最近、アスリートってかわいい子や美人な子が多いなぁ……。」
朝に撮った写真のデータを確認しながら 目の保養のようにそんなことを思わず呟く。
空手、と聞くと、どうしてもゴツイ、筋肉バキバキの少女でも出てくるのか、と、乾は勝手な想像をしていた。
朝練が行われている道場で今日の取材の挨拶と早速の写真撮影を行った乾の前に現れたのは、モデルかアイドルか、とでも思うようなほっそりとした美少女だった。
「毛利蘭です。今日はよろしくお願いします」
手渡した乾の名刺を丁寧に受け取りながら、愛らしい微笑で会釈をしてきたのが彼女、毛利蘭選手だった。
さらさらとしていそうな長いストレートの髪をポニーテールに結わえ道着に身を包んでいる。
やや大きめな目と、整ったパーツで、空手をやっているからだろうか、すっとした姿勢がより彼女の美しさを際立たせている。
屈託のない笑顔からはとても空手をやっているなど想像出来なかった。
だが、その後始まった(というか再開された)朝練での組み手や型では凛と引き締まった表情へと姿を代え、まさに武道家の少女のものへと変貌した。
掛け声の張りも、挨拶をしてきたときのやわらかいそれとは別人のようだった。
さすがに全国大会に出場し、強化選手候補に入っているだけあり、他の生徒と比べて一人、動きのキレが違う。
型も一つ一つ流れるような動きが、本当に舞のようで美しく思わず見入ってしまった。
我に返って慌ててシャッターを切ったが……、見返した写真の中に思わず息を呑んだ演舞の流れは終盤のみで、一番美しいところは撮り逃していた。
溜息をつきながらタブレットに移した写真をスワイプして次の写真を確認する。
朝練を終え制服に着替えてきた彼女は、まとめていた髪も下ろしたのも手伝ってか、まったく武道家の気配を消していた。
学年に一人二人いるだろうかなりかわいい女子だ。
道着のときは抑えられていたのかわからないが、胸元もかなりしっかりしていて(いや、彼も男なのでそう言うところに目が言ってしまうのは許していただきたい)、もともとスタイルがいいなと思っていたところに、制服だと余計にそのスタイルのよさが強調されていた。
空いた時間に記事のネタを探しながら帝丹高校を見て回ったが、女子のレベルは高い気がする。
だが、毛利選手はその中でもかなり上位だろう。
制服姿も何枚か撮らせてもらい、彼女のクラスのホームルームの際に授業風景や普段の毛利選手という名目で友人たちとのショットも何枚か撮った。
毛利選手と特別仲がいいという、鈴木園子さんという女子(聞けばあの鈴木財閥のご令嬢だという)も明るく表情が豊かで可愛らしいし、ボーイッシュな世良真純さんも中性的だが美人だ。
物静かに傍らにいた宮野志保さんはまさにクールビューティーでこの四人だけでも相当顔面偏差値の高いグループだった。
それはともかく、3年B組の生徒たちに、乾が名前を名乗り、今日一日、毛利選手の密着取材をすると伝えると少し戸惑った様子の後、笑い出したのは案の定クラスの男子だった。
こういう取材で、女子をからかう男子は小学生も高校生も変わらない。
突然、友達が有名人になったような感覚にはしゃいでしまうのだ。
しかし、今日の反応は少し違った。
「へぇ、今日は嫁の取材なんだな!」
男子の一人がそう、なんとはなしに上げた声に、クラスの皆がいっせいに噴出す。
「だよな! そういえば旦那はどうしたんだよ、毛利!」
ニヤニヤとからかいの笑みを浮かべながら後に続く男子は、自分の後ろで毛利選手の隣の空席をぽんぽんとたたいた。
嫁に旦那……と比喩すると言うことは、彼氏かな?
と、毛利選手の様子を伺うと少し頬を染め、もう、と困ったように眉尻を下げて苦笑いを浮かべていた。
まあ、明らかな美少女だし、彼氏がいないほうが不自然か。
「中道、会沢あんまりからかうなよ。で、本当に工藤はどうしたんだ?」
出席ついでにと思ったのか担任が騒ぎ出した男子たちをいさめつつも空席の詳細について毛利選手に尋ねる。
先生まで、と眉をひそめながらも答えた彼女の口からは、とんでもない言葉が飛び出してきて、乾は面を食らうのだった。
「昨日の夜から警視庁に捕まってて、今朝もまだあっちにいてもう少し時間かかるって言ってました。」
こともなげにあっさりとそう報告した毛利選手に対し、担任の先生もまるでなれたことのように「そうか」の一言で出席簿にチェックをつける。
け、警視庁?! え?! 捕まってるって、逮捕??! 不良か何かか?!
乾が言葉に詰まって混乱している間にチャイムが鳴り響き授業が始まってしまったので真相を聞くことが出来ないまま、乾は後方へと移動させられた。
授業を撮影すると伝えていたので気にはなったがそのままに数枚写真に納める。
一時間目は担任の数学で、毛利選手は苦手なのか少し手間取っていた様子が見られもしたがゆっくり考えればわかるらしくそれほど困った様子もなく授業は進んでいくのだった。
ある程度の様子と写真が集まったのを確認し、乾は邪魔にならないように教室を後にした。
それから、この理科準備室に移ってきたと言うわけだ。
まあ、空手をやっているくらいだから、早々男子にも負けるわけもないだろうが……、逮捕歴のある彼氏と付き合っている、と言うのはあまりイメージがよろしくないなぁ。
せっかくコピーは美人空手家をうまく使ったくだりと、アイドルなみな普段のかわいらしさとのギャップを押し出していこうと考えていたのに。
スポーツ選手であるからこそ、クリーンなイメージ、と言うのが大切だ。
とりあえず朝練やクラスの雰囲気から得た情報を整理して書き起こし、記事に使えそうなネタをメモに羅列していく。
インタビューは昼休みか放課後になるだろうから、それまでの間に、そのほかの雑務を片付けることにして、乾はしばし仕事に集中するのだった。
定期的に鳴るチャイム、と言うのはありがたいと思う。
学生時代はこのチャイムが待ち遠しく、早く授業が終わることを切に願っていたものだが、仕事に没頭するようになると、このチャイムの間隔がやけに短く感じる。
いや脳に記憶できる感覚が変わるせいで、子供のときより大人のほうが時間を早く感じるとも言うし、そう言うことなのかもしれないが……。
本社とのやり取りや、今回の事の発端、河野とメールでやり取りをしているうちにあっという間に昼休みだった。
先ほどの仲のいい女子たちと食事中だろうと思いながら、カメラとICレコーダー、手帳を引っつかんで廊下に出ると、昼休み校舎の中は授業から一時開放された生徒たちでにぎわっていた。
そんな中を進んで毛利選手の教室へとたどり着くと、一際目立つ美人の塊に目を向けた。
だが、その中に毛利選手がいない。
「あれ? 毛利選手は?」
かわいらしいお弁当箱を広げている鈴木さん、世良さん、宮野さんの三人が乾の声に顔を上げた。
「蘭なら屋上よ」
簡潔に答えをくれたのは宮野さんだった。
「え? なんで?」
仲のいい彼女たちと食事をしていることを期待していただけに、一人屋上へ行っているなど疑問しかわかずに思わずたずねると、察しのいい三人はニヤリと笑みを浮かべた。
「愛しの旦那がかえってきたんですよん」
楽しそうに返答してきたのは鈴木さん。
「ってわけで二人でランチしてるよ」
自分のことのように嬉しそうに世良さんが続け、宮野さんも笑みを浮かべるだけ。
「勘働きのいいヤツだから、行くならそっとよ、そっと!」
変なアドバイスまでもを鈴木さんからいただいて、美少女三人に乾は教室を追い出されることになった。
確かにそっと、様子を伺ったほうがいいだろう……。
逮捕歴のある彼氏、というと不良かもしれないし。
想像の不良像というとどうしても、一昔前の鉄パイプとかを振り回していそうな学ランの男子生徒、という貧相な想像力の乾だが、仕事での移動を除けば運動不足気味に入る乾では適わないだろう。
現役男子校生のほうが、三十目前の社会人より体力がありそうだ。と思うのだ。
出来るだけそっと音を立てないように屋上の扉を空け、外の様子を伺う。
何人かのグループの生徒が楽しげに食事をとっているのが見えてほっと息をつくと、様子を伺っていては逆に怪しくなると乾は出来るだけ堂々と屋上に出ることにした。
男子が数人フェンスに寄りかかりぎゃあぎゃあ言いながらパンをかじっていたり、女子がシートを引いてお弁当を広げていたり、カップルらしき男女が寄り添って食事をしていたりとそれなりににぎわってはいる。
目的の毛利選手を探してきょろきょろと辺りを見回すがぱっと見は見当たらない。
ふと気になって、給水タンクが設置されている、出入り口からはちょうど死角になるあたりを覗くように確認して、乾は思わず息を呑んだ。
まだまだ残暑は厳しいが、秋の気配を感じるようなすがすがしく晴れわたった青空には雲がなく、時折吹く風は心地よくないでいる。
こちらに背を向けている長い黒い髪が、その風に軽く遊ばれてふわりふわりと踊っていた。
ベンチに腰掛けて空を眺めているらしい彼女は、間違いなく毛利選手で、もう一人ベンチに横たわっているのは男子生徒の制服だった。
彼女のひざに頭を乗せているのだろう、こちらからでは体しか見えず顔はわからなかった。
仰向けに、片膝をおり、ベンチの端にかかとを乗せてはいたが脱力しているのが伺えた。
日当たりもちょうどよく、こちらからだとその二人のシルエットが一枚の絵のようにカチリと収まっていた。
あたりの喧騒も忘れるような光景に、思わず見入ってしまいながらも、記者の端くれとしても何とかそれをファインダーに収めると無意識にシャッターを切った。
と、次の瞬間にファインダー越しの目の前に急に手が伸びてきた。
かろうじて見えたのは、先ほどまで横たわっていた男子生徒が跳ね起きてこちらに迫ってきたこと。
なにかと思うまもなくカメラをぐいっと持ち上げられ、怒声が響き渡る。
「なに盗撮してんだ、テメーっ!!」
丹精な顔立ちの男子生徒にすごまれて、驚きとともにしりもちをつくと、その間に彼は乾から取り上げた彼のカメラを操作しデータを確認している。
「あっ、ちょっと!」
さすがにデータは記者の命だ。いじられては困る、と立ち上がろうとするが、それより先に凍てつくような視線が振って下りてきた。
「蘭ばっかりこんなに……。
おっさん、部外者だろ、どこから入ってきやがった。この変態盗撮ヤロー……」
地を這うような声と刺すような侮蔑の視線に、逆に言葉どころか、うまく息すら出来なくなった。
おっさん、と言われたことも少なからずショックだが、まあ、高校生からすれば三十前後などすでにおっさんだろう。
高校生からの凄まじい威圧感に完全に呑まれて、言葉にならないうめき声を上げていると、慌てたように毛利選手が間に入ってきてくれた。
「ちょっ! 新一、まって!!」
新一と呼んだ少年から乾のカメラを奪い返そうと手を伸ばしながら説明する。
「この人、記者さんだよっ! 空手の!!」
「……はあ?!」
眉根を寄せて毛利選手の声を聞いた彼はようやく動きを止め、毛利選手が奪うようにその手の中から何とかカメラを取り返してくれたのだった。
こちらに向き直り、ごめんなさい、と頭を下げてからカメラを差し出してくる毛利選手に、ようやく息を吸いなおして「いや、こちらこそごめんね」と謝罪を入れてからカメラを受け取る。
データを確認すると、「すべて消去しますか」と表示されている画面だった。
ぞわっと背中にいやな汗が流れるのを感じながら、「いいえ」を選択し、改めて大きく安堵の息をつく。
そして今撮ったばかりの写真を確認した。
小さな画面上では、うまく撮れている気がする。
――青い空に二人のシルエットが綺麗に映えていた。
乾が息を飲んだ絵のように美しい2人がそこに映し出されていた。
「君たちが、あんまり綺麗だったから思わず撮っちゃったんだ。
おどろかせてごめんね」
カメラの液晶を二人に向けてそう謝罪すると、新一君とやらは複雑そうな顔で押し黙ったのだった。
強化選手など将来性のある選手の取材をしていることを説明し名刺を彼に手渡すとやはりすこし面白くなさそうに表情を歪めた。
それから、一度息をついて表情を改めると、丁寧に乾の名刺を受け取った。
「先ほどは事情を把握していなかったとは言え、失礼しました。」
そう言って深々と頭を下げる。
思いもよらぬ礼儀正しい態度に乾のほうがぎょっとして、いやいやいや、と手を無駄に振りながら顔を上げるように促す。
ようやくあげてくれた顔はやはり男の乾から見てもとんでもなく整っていて、毛利選手と並んでいるとまさに美男美女だった。
が、それより、その顔に見覚えがある。
「あ、あれ……?きみ……」
思わず声が漏れた。
テレビで見ない日がなかったくらいの大事件の当事者とまったく同じ顔だったのだ。
「く、くどうしんいちっ!!……くん?!」
思わず声が上ずってたずねる乾に、工藤君はあ、はい。ときょとんとした表情で当たり前のようにうなずいた。
ホームルームで今日は嫁の取材か、となれた様子だった生徒たちや、警視庁に捕まっている、という話が彼につながる。
世界的犯罪組織の検挙にFBI、CIA、日本警察や公安とも連携を取り活躍したとして高校生探偵工藤新一が、連日報道を騒がせたのはつい最近だ。
その彼が、目の前にいて、今日の取材対象である毛利選手の膝枕で寝ていた。
昨夜から何らかの捜査に協力していたから、遅刻し、先ほどまで彼女の元で休んでいたと言うわけだろう。
信頼の置ける相手の元でのひと時の休息、と言ったところか。
が、それはつまり。
「え……つきあってるの?」
つい思わず乾が尋ねると、工藤君と毛利選手がちらりと顔を見合わせてから頬を染めて目をそらした。
「あ~……はい」
照れくさそうに肯定したのは工藤君だった。
「あ。でも記事にはしないでくださいね。」
空手のメダリスト候補と話題の高校生探偵の交際についての大スクープをどうしようか、と考えるまもなく、工藤君がそうぴしゃりと遮った。
「え?!」
記者としての悲しい性だが、こういったネタは受けがいいのでぜひともものにしたいと思ってしまうが、そのあたり工藤君はすでにお見通しのようだった。
「蘭が変な目で見られるのはイヤですし。
選手として大事なときにオレのことで変な報道とかされるのはもっと困ります」
まっすぐに乾の目を見て、毛利選手を大切にしていることを伝えてくる姿に乾のほうが言葉を失う。
毛利選手もまた少し驚いた顔で工藤君を見つめていた。
んだよ、と悪態をついて毛利選手をチラリと見るが少し上気した頬や優しげな眼差しには彼女への愛情が見て取れる。
それから乾へと向き直ると、でも、と続けた。
「その写真、結構綺麗に写ってますよね。
それだけ、データでもらってもいいですか?」
彼らに見せたままの状態でとまっていた、先ほどの二人のシルエット。
目を細めて愛おしそうにそう言う工藤君は、普段、マスコミの前でキリッと真実を語る探偵とはまったく違う顔をしていた。
もちろん、といいかけて、ふと思いつく。
「データはもちろんお渡ししてもいいけど、ひとつだけお願いがあるんだけど」
「え?」
思わずそう提案すると二人はそろって首をかしげた。
「毛利選手が、将来なにかの大会で金メダルをとったときは、この写真、使わせてもらえないかな?」
その時ならば時効だろうと、乾がにこやかにそう頼むと、二人は、ぼふっと音が出そうなほど同時に真っ赤になって固まったのだった。
だが、それから何年もしないうちに、この写真は公にさらされることになる。
毛利選手がある空手の世界大会を制覇した時、応援に駆けつけていた工藤君が彼女の優勝を祝って応援席から身を乗り出し思い切り抱きしめた後甘く口付けを交わすシーンが、全世界に放送されたからである。
高校生活でも愛を十分に育んでいたと見て取れるこの写真は、乾が思った以上に大活躍するのだった。